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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)1540号 判決

控訴人

甲野次郎

右法定代理人親権者父

甲野太郎

右法定代理人親権者母

甲野春子

控訴人

甲野太郎

甲野春子

右三名訴訟代理人弁護士

友添郁夫

北川昭一

被控訴人

乙山一郎

右訴訟代理人弁護士

小林淑人

主文

一  原判決中控訴人甲野次郎に関する部分を取り消す。

1  被控訴人は、控訴人甲野次郎に対し、金八八〇万円及びこれに対する平成元年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人甲野次郎のその余の請求を棄却する。

二  控訴人甲野太郎及び同甲野春子の控訴をいずれも棄却する。

三  控訴人甲野次郎と被控訴人との間において生じた訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を右控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とし、控訴人甲野太郎及び同甲野春子と被控訴人との間において生じた控訴費用は右控訴人らの負担とする。

四  この判決は一項1に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立て

(控訴人ら)

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人甲野次郎に対し六〇〇〇万円、同甲野太郎及び同甲野春子に対しそれぞれ五〇〇万円及び控訴人らに対し右各金員に対する平成元年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(当審では請求を減縮)。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

四  仮執行宣言

(被控訴人)

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正をするほかは原判決事実摘示(原判決二枚目表六行目から一六枚目表九行目まで)のとおりであるから、ここに引用する。

1  文中「原告」とあるを「控訴人」と、「被告」とあるを「被控訴人」と訂正する。

2  五枚目表三行目「午後五時三〇分ころ」とあるを「午後五時一五分ないし二〇分ころ」と訂正する。

3  七枚目表五行目「転送する当たり」とあるを「転送するに当たり」と訂正する。

4  一〇枚目裏九行目「一億一二三〇万八六〇六円」とあるを「一億一二三〇万八六〇六円の内金六〇〇〇万円」と、同裏一〇行目「各五五〇万円」とあるを「各五五〇万円の各内金五〇〇万円」と訂正する。

第三  証拠

原審における証拠関係目録記載のとおりであるから、ここに引用する。

理由

一  当裁判所は、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は八八〇万円及びこれに対する平成元年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があると判断するが、その理由は、次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決理由説示(原判決一六目裏二行目から二四枚目表六行目まで)記載のとおりであるから、ここに引用する。

1  文中「原告」とあるを「控訴人」と、「被告」とあるを「被控訴人」と訂正する。

2  一九枚目裏七行目から八行目にかけて「疑った。」とあるを「疑い、CT撮影等を行い、脳外科の専門医の診断を受けない限り確定することはできないものの、緊急に開頭手術を行うべきであると考えた。」と訂正する。

3  二〇枚目裏六行目「A医師」の前に「心臓外科専門の」を付加する。

4  二〇枚目裏七行目「診察した。」の次に「その際、控訴人次郎は、対光反射もなく、瞳孔も散大しており、かつ、脳幹圧迫所見が認められ、」を付加し、「行われた結果、」の次に「CT撮影の所見により、多量の硬膜外血腫の存在及び著明な脳の圧排所見が確認されたため、」を付加する。

5  二〇枚目裏八行目「当時」の次に、「河南病院では、脳外科専門の常勤医は同病院の病院長である後藤弘医師一人であり、同医師の少なくとも立会いがなければ脳外科手術は行わないことにしていたため、」を付加し、同裏八行目から九行目にかけて「河南病院の院長である」とあるを「右」と訂正する。

6  二〇枚目裏一一行目「開頭手術」の前に「麻酔を開始し、午後一〇時一〇分ころから後藤弘医師の執刀により」を付加し、同行目「開始された。」の次に、「その際、縫合部の離開骨折、右前頭部と後頭部における広範囲かつ大量の硬膜外血腫、頭皮下血腫が確認されたが、脳挫傷、脳内出血は認められなかった。右開頭手術により約一五〇グラムの血腫が除去された。」を付加する。

7  二〇枚目裏末行「甲八、」の次に「検甲二の1ないし3、検甲三の1・2、検甲四の1・2、」を付加する。

8  二〇枚目裏末行の次に改行のうえ以下のとおり付加する。

「6 控訴人次郎は、術後のCT撮影の結果、右大脳半球全般の低吸収域が認められており、昭和六一年六月五日、脳外科的処置を受け終えたため、河南病院を退院し、同日、大阪警察病院小児科に転院し、引き続き治療を受けたが、後遺症として、左片麻痺、発育遅延、発語障害等の重大な障害が残った。控訴人次郎は、同年七月二日以後、大手前整肢学園、南大阪療育園、四天王寺悲田院で機能回復のための治療を受けたが、現在も、左下肢は知覚、痛覚が鈍麻したままであって、手掌及び足底は知覚、痛覚の脱失の程度にまで至っており、また、肩甲帯周辺筋、上腕二頭筋、前腕回内筋、母指内転筋、手指屈筋群等に痙性麻痺が残っている(甲二ないし六、八、一六ないし一八、一九の1ないし4、乙一〇ないし一三、検甲五ないし一五の各1・2、原審における控訴人太郎本人)。

7  控訴人の後遺症については、血腫増大による頭蓋内圧上昇に起因する右内頸動脈血流不全が多大な影響を与えている(原審証人殼内、原審における鑑定の結果)。控訴人次郎にはビタミンK欠乏症は認められない(原審証人殼内、同後藤、原審における鑑定の結果)。」

9  二二枚目表二行目「医療行為を」の次に「時期を失うことなく」を付加する。

10  二二枚目裏三行目「説明をした」の次に「のみで、控訴人春子が実父らを呼び寄せて対処に当たり、一刻も早い適切な措置を望んでいるのにかかわらず、肝要な控訴人次郎が緊急の開頭手術を要する可能性が高い救急患者である旨の説明はしなかった」を、同裏九行目「各記載がある」の次に「のみで、緊急の開頭手術を要する可能性が高い救急患者である旨の記載はない」を付加する。

11  二二枚目裏一〇行目から二三枚目表一一行目までを次のとおり訂正する。

「 このように、控訴人春子らの緊迫した早期診断治療への願いとは裏腹に、河南病院には、控訴人次郎が緊急の開頭手術を要する可能性が高い救急患者であることが告知されていなかったので、同病院は、控訴人次郎の到着前に予め後藤医師に連絡をとったうえで、控訴人次郎の到着後できる限り速やかに手術を開始できる態勢をとることなく、単に通常の土曜日の午後の時間外の患者として受け付けたに過ぎず、控訴人次郎らは暫時待合室で待機させられた。その結果、控訴人次郎が河南病院に到着後、黄医師の診断を受けて初めて緊急に開頭手術が必要であることが判明し、約四時間後にようやく開頭手術が開始された(前記二の5、原審証人殼内、同後藤、原審における鑑定の結果)。河南病院に控訴人次郎が緊急の開頭手術を要する可能性が高い救急患者であることが告知されていれば、同病院は、控訴人次郎の到着後できる限り速やかに開頭手術を開始できる態勢をとり、より早期に右手術が開始されたものと推認することができる。

そうすると、本件は、被控訴人の専門領域外の脳外科へ転院させる場合であり、開頭手術等の脳外科的治療が必要かどうかは精密検査を行ったうえでの脳外科専門医の判断によって決定されることになるので、被控訴人において、河南病院に対し開頭手術が必要であるとの断定的判断までを伝える義務はないものの、当時は土曜日の午後という時間帯であって、二四時間体制の救急病院であり、かつ脳外科を主たる標榜科目としている病院であっても、常に緊急に開頭手術等の脳外科的治療を行える態勢がとられているとは限らないから、河南病院に対し控訴人次郎が緊急の開頭手術を要する可能性が高い救急患者であること(このことを被控訴人が認識していたことは前記二4で認定したとおりである。)を確実に告知し、その準備態勢についても重々の依頼をするなどの義務があったものというべきであり、被控訴人には右義務に違反した過失があるというべきである。

そして、証拠(原審証人殼内、同後藤、原審における鑑定の結果)によれば、一般的に小児硬膜外血腫の予後は良好であり、かつ、血腫除去手術の実施時期が早ければ早いほど予後は良好であるのであるから、本件の場合、控訴人次郎の後遺症が全面的に被控訴人の右過失による血腫除去手術の遅れによるものと断ずることはできず、また右手術の遅れがなければ具体的にどの程度後遺症が軽減されたか、すなわち被控訴人の右過失が具体的にどの程度控訴人次郎の後遺症に悪影響を及ぼしたかを確定することはできないが、より早期に右手術を受けていれば控訴人次郎の後遺症がより軽度のものにとどまった蓋然性を否定することができない、すなわち、右手術の遅れが相当な悪影響を及ぼしたものと認められる。もっとも、本件において、開頭手術は受傷後約一〇時間後に行なわれているところ、証拠(原審証人殼内)及び弁論の全趣旨によれば、一般的には、小児の硬膜外血腫の場合、受傷から二四時間以内に開頭、血腫除去手術が行なわれれば、神経学的後遺症は概ね残らない旨指摘されていることが認められるが、これは一般論に過ぎず、重大な後遺症が残存する本件の場合、右指摘が右手術の遅れと後遺症の程度との間の因果関係を肯定する妨げにはならないというべきである。

そうすると、本件においては、右手術の遅れがなければ控訴人次郎に後遺症が生じなかったことを前提として、控訴人次郎の治療費、通院交通費、自動車購入費、介護料、逸失利益を被控訴人の右過失と相当因果関係のある損害とすることはできないが、被控訴人の右過失が控訴人次郎の後遺症の程度に悪影響を及ぼしたものと認められる以上、これにより被った控訴人次郎の精神的苦痛は、被控訴人の右過失により通常生じるべき損害として認められるべきである。

次に、控訴人太郎、同春子の精神的損害についてであるが、本件においては、被控訴人の右過失が全面的に控訴人次郎の後遺症をもたらしたものと断ずることはできないし、右後遺症に具体的にどの程度の悪影響を及ぼしたかを確定することができない以上、控訴人次郎に後遺症が残存することによる右控訴人らの精神的苦痛を被控訴人の右過失と相当因果関係ある損害として認めることはできない。」

12  二三枚目裏四行目「乙四の1・2」の前に「乙二の1ないし3、」を付加する。

13  二三枚目裏五行目「消防署分署」とあるを「消防署出張所」と訂正する。

14  二四枚目表六行目末尾の次に改行のうえ以下のとおり付加する。

「 四損害額

以上で認定した控訴人次郎の年齢、重大な後遺症、被控訴人の過失の内容等の事実その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、控訴人次郎に対する精神的苦痛に対する慰謝料は八〇〇万円とするのが相当である。

また、本件訴訟の内容、審理の経過及び認容額等に鑑みると、控訴人次郎が被控訴人に対し請求し得るべき弁護士費用の額は八〇万円とするのが相当である。」

二  結論

以上の次第で、控訴人次郎の本訴請求は、八八〇万円及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日である平成元年五月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、控訴人次郎のその余の請求、同太郎及び同春子の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、控訴人次郎の控訴は一部理由があるから原判決中控訴人次郎に関する部分を取り消して、同控訴人の請求を右の限度で認容してその余の請求を棄却し、控訴人太郎及び同春子の控訴は理由がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 小田八重子 裁判官 中村也寸志)

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